「わたしたちの田村くん」は本当に面白かったのか?

http://d.hatena.ne.jp/kim-peace/20050924/p2


こういう意見が出てくるのって世間が面白いという作品を「自分も面白いと思わなくていけない(=面白く思わないのは変だ)」みたいな強迫観念があるから? 私は「人は人、自分は自分」で偶々その作品が好きな人の数が多いだけだとしか思えないんだけどなぁ。だからたとえ世界的に有名な文学や名画であってもつまらないならつまらないと思っていいと思う。「数億円もする絵なんだからこれが芸術なんだ」と逆方向に認識するよりは遥かにマシ。


で、読者が増えれば当然否定意見も目立ってくると思うのだけれど(特に話題作だからつまらなくても感想を書くだろうし。無名作品でつまらなかったら感想なんて書かない人が多いんじゃないかな)、「田村くん」に関しては否定意見もあるだろうなぁ、と納得だったり。最初読んだ時から万人受けではないだろうなぁと思ったし(ちなみに私はこの作品大好きですよ)。その大きな理由は典型的な「ギャルゲー」フォーマットだから。


つまり「ヒロインと出逢って(ヒロインに関する情報量を主人公と一致させる為)、親しくなる過程とヒロインの魅力を描いて、ヒロインに問題が発生して(トラウマ、病気、記憶喪失、etc)、それを解決して恋人関係になってハッピーエンド」という方式。SFや推理小説のような「作品の骨子としてのプロット」が弱くて、”キャラ萌え”が作品の価値の多くを占めている。ライトノベルの多くは”キャラ萌え小説”であるのだけれども、他の作品のようにSF要素や推理小説要素を入れない”ラブコメ”はよりこの”キャラ萌え”に頼る部分が大きくなると思う。


で、何が言いたいかというと「”キャラ萌え小説”は登場人物にちょっとでも気にくわないところがあると作品として致命的になってしまう」ということ。例えば「田村くんがうじうじ悩んでるのがウザイ」とか「田村くんの奇行がキモイ」とか「相馬の一途さが怖い」とか「おっとりした松澤がむかつく」とか。経験則だけど人は小説の好みよりは人間の好みのほうがよりシビアだと思う。あるひとつの行為で相手を突然嫌いになったり、とか。


つまりそもそも”キャラ萌え小説”である「田村くん」はそのジャンル自体が激しく人を選ぶものだったと私は思うのだよね。あと、このギャルゲフォーマット自体に拒否反応示す人は少なくないし。なんでも「オタクの願望を投影しててキモイ」らしい(苦笑 たしかにこのフォーマットはオタクが理想とする恋愛関係の流れなのかもしれない。でも昨今のセカチューなどの純愛ブームからみるに一般人の理想もこのフォーマットじゃないのかね?とちょっと疑問。


余談だけど多くの人が褒めている作品に手を出すことはよくあるけどやっぱり「不特定多数の大勢の感想」よりも「自分と感覚が似ている人の感想」を信用したほうが間違いが少ないよね(笑)