伊坂幸太郎『魔王』(講談社)P185

「ただ、よく言う人がいるだろ。日本の歴史教育は、自虐的で、だから若者が国に誇りを持てない、って。あれが俺には納得できないんだよな」お兄さんは言った。「若者が日本に誇りを持ってなくて、大人を小馬鹿にしてるのは間違いないだろうけどさ、それって、歴史教育のせいなのか? 日本が、侵略戦争をしたと教わったから、誇りを持ってないのか?」
「それは違う気がするなあ」潤也君が笑った。「俺、歴史の授業を真面目に受けていないし、学校で、反戦反戦って叫ぶ教師にげんなりさせられてたからなあ、逆に」
「だろ? どっちかと言えば、誇りが持てないのは大人が醜いからだよ。政治家がテレビの前で平気で嘘をついたり、証人喚問で、禅問答のような答弁をしたり、そういうのを見てるから、舐めてるに決まってるんだ。どこにどう誇りを持てって言うんだよな」
「そうかも」と私が言い、「しれない」と潤也君が言葉を継いだ。
「それでもって、大人を敬う態度がない、とか憂えてるんだから笑える。過去にどんなことをやっていたとしても、今の大人が格好良ければ、誇りに思う。違うか?」
「兄貴は相変わらず、無駄なことをたくさん、考える」
「考えすぎで死ぬなら、俺は百回くらい死んでるよな」