『初恋よ、さよならのキスをしよう』(創元推理文庫)

壁を通してしか他人の体温を感じられない心の渇きも、慣れてしまえば、それはそれで持って生まれた体質のように、いつかは躰に馴染んでくる。その体質に満足していたわけではなかったが、自分の意志や努力では制御しきれない人生を背負っているからこそ、人間は不幸にも幸福にも諦めを見つけられる。誰かに「それではおまえは不幸なのか」と訊かれれば、そんな質問は無視して通りすぎるが、それでは立ち止まって、「いや、俺は幸せだ」とはやはり、俺は言い返せない。(P102)