樋口有介

『初恋よ、さよならのキスをしよう』(創元推理文庫)

「(中略)バレンタインの日は約束できないけど、ホワイトデーには君に薔薇を持ってくる。三十八本ではなく、二十年前に戻って、十八本の赤い薔薇を」(P240)

『初恋よ、さよならのキスをしよう』(創元推理文庫)

それぞれがみんな人生のどこかでボタンを掛け違えたと感じながら、それぞれに時間を消化してきた。俺のボタンも正しい位置に掛かっているとは思わないが、しかし俺はこんな人生をもう一度やり直したいとは、思わない。(P234)

『初恋よ、さよならのキスをしよう』(創元推理文庫)

「ロマンチストなのね。柚木くん、昔から本当はロマンチストだったのよね」 同じことは昨夜、春山順子にも言われた気がする。しかし他の男に比べて俺が特別にロマンチストというわけではないのだ。女は生きているだけで存在するが、男は生きているだけではた…

『初恋よ、さよならのキスをしよう』(創元推理文庫)

「昨夜、実可子の家で柚木くんに会ったとき、ものすごく驚いたの。柚木くんってああいう場所に一番似合わない人だったものね」と、バーボンの水割りをうすめにつくり、コースターの上にグラスを置きながら、春山順子が言った。 「自分に似合わないことをする…

『初恋よ、さよならのキスをしよう』(創元推理文庫)

壁を通してしか他人の体温を感じられない心の渇きも、慣れてしまえば、それはそれで持って生まれた体質のように、いつかは躰に馴染んでくる。その体質に満足していたわけではなかったが、自分の意志や努力では制御しきれない人生を背負っているからこそ、人…