『円環少女 5 魔導師たちの迷宮』(角川スニーカー文庫)P54

「せんせ、はじめたあたしたちが会ったときみたいな顔してるわ」
「そうかな。前よりちょっと締まった顔になってるんじゃないか?」
 メイゼルは、彼の手の甲に、やわらかい爪を立てたり指をつまんだりして遊びはじめる。明日を知れない少女は、生の確かさを刻みこむように強い刺激を好む。苦しさや痛みこそ至上のよろこびだというほど、仁は思い切れない。
「やっぱり、マシになってるだろ。おとなになっても、自分が本当にしなきゃいけない仕事に出会ったら、成長するっていうからな」
「せんせが苦しんでる顔、あたし、ぞくぞくするくらいスキよ。だから苦しまないでなんて絶対言わないわ」
 小さな魔女が、仁の手にぎゅっと爪を立て、彼の鋭い感覚を想像するように目を潤ませる。
「でも、せんせだって、同じくらいあたしのこと苦しめていいのよ」